Oi, M (2005) Interpersonal Compensation of Pragmatic Impairments in Japanese Children with Asperger Syndrome or High-Functioning Autism. Journal of Multilingual Communication Disorders, 3, 3,203-210

要  約

 アスペルガー症候群ないし高機能自閉症を示す子どもでみられる語用障害に対する対人的な補償の可能性とその特色について、大人が報告した会話の崩壊のビデオ分析を用いて検討した。多様なタイプの語用障害が伝達の崩壊の引き金になっていることが結果から示された。大人は語用障害を補償することが多かったが、崩壊をスキップし会話を進める割合は、1回目の分析と2回目の分析とでは異なっていた。語用障害の多様さに比べ、補償の方略の種類は少数であった。補償が成功する割合は大人のビデオ分析の経験が1回か2回かに影響されていた。スキップと補償の成功に関する結果はビデオ分析の反復が何らかの臨床的な意義をもつことを示唆した。

問  題

 不適切な発話や会話の原則違反、談話管理の困難、伝達の推論の失敗などの語用障害が、アスペルガー症候群ないし高機能自閉症を示す個人では頻繁に見られる。これらの障害の性格についての研究は行われてきているが、非自閉的な会話者がこうした障害にどう反応しているかについてはほとんど研究されていない。語用障害の生起、それがもたらす会話の崩壊の解決に会話の相手の応答がどのように影響しているかを知ることが必要である。語用障害は人同士のコミュニケーションの要請に動機付けられて生じる、言語、認知、感覚運動など多様な要因の個人内または個人間交互作用の創発的な産物だからである。

 非自閉的な会話者は頻繁な会話の崩壊に直面し困惑する一方で、崩壊を修復しようともする。その中に語用障害の対人的な補償が含まれうる。これについての研究は臨床実践上特別な意義を持つ。語用論の障害がこれらの人々のコミュニケーション障害の核であり、その深刻さは重大な対人関係の問題を引き起こすからである。

 本研究は、実際には見えにくい形で生じている多数の会話崩壊の中で、非自閉会話者が特に目立つとみなした特定のものに焦点を当てる。非自閉会話者の報告した会話崩壊の前後のやりとりを文字転写し、子どもの語用障害と崩壊のメカニズムを特定し、補償の方略とその効果を検討した。

方  法

 参加者6歳から15歳の子ども10名。うち男子8名女子2名。アスペルガー症候群4名、高機能自閉症6名。平均IQ104.非自閉的な大人として母親6名、教師4名、学生2名。合計で12組の会話を分析。資料収集:会話が崩壊したと感じた箇所を各大人がビデオで特定。会話の崩壊とは子どもが大人の意図を誤解したと感じられた場合及び会話が続かなくなった場合をさす。6名の大人は数週間の間隔を置いて2回目のビデオをとった。1つの会話崩壊イベントは崩壊の直前から会話が完了し次の話題にシフトするまでをいう。

分析:大人及び子どもの伝達意図、前提、会話のプラン、用いようとした会話のプロセス、子どもによる大人の伝達行動の理解、さらにそれらに基づき語用障害のタイプ、崩壊に至る背景、大人の補償方略とその効果を検討。大人が崩壊を修復しようとしたかスキップしたか、補償は成功したか失敗したかを区別。

                 結  果

 崩壊イベント数:合計報告数20.13が第1回のビデオ分析で、7が2回目のビデオ分析で報告された。語用障害のタイプ:20イベント中に15種。判断要請への無反応、注意要請への無反応、会話のターゲットの変化への無反応、大人の発話を会話の流れに関連付けることの失敗、特殊すぎる言及、特異な表現、ディスプレイの欠如、合意のない話題変更、不適切な発話、大人の意図の子どもによる誤解、及び子どもの意図の大人による誤解。タイプ間に有意な偏りはないが、大人の発話を会話の流れに関連付けることの失敗が5つのイベントでみられ目立った。崩壊への大人の反応:20イベント中16イベントで崩壊の修復が試みられ、4つでスキップ。補償方略:6タイプ。より詳細な言語でメッセージを表現、子どもの行為の直接要請、子どもへの明確化要請、追加的な推論、事物や子どもの身体の直接操作、及び感情の言語表現。補償方略の効果:崩壊の修復を試みた16イベント中13で補償が成功。感情の言語表現、疑問詞による明確化要請は補償に失敗。「はい―いいえ質問に変えると成功。ビデオ分析反復の影響:4つのスキップはすべて1回目のビデオ分析で生起。3つの補償の失敗も同様。2回目の分析の7イベントはすべて補償成功。

                 考  察

 会話の崩壊の引き金となる語用障害は多様。大人はおおむね補償しようとしているが、潜在的に予想される報告されなかった(目立たなかった)崩壊にもそれがあてはまるかどうかはわからない。ビデオ分析の反復は臨床実践上の意義を持つことが示唆され、コミュニケーションの改善につながる可能性がある。会話の崩壊がどの程度起きているのかについて、より多くのデータに基づく検討が必要である。

ビデオ分析の例

 相手発話の会話の流れとの関連付け・相手の前提計算に失敗

15歳の高校生YOが、夏休みの実習先の工場に通う交通手段の話を母親としている。5日間の実習のうちの4日目に雨が降った。翌日の足はどうするかの話になった。

 

母親:「行くんやったらどうやって帰ってくるの?」YO:「どうやって帰ってくるの?」母親:「明日朝実習に行くやんかね」YO:「実習に」母親:「お母さん午前中で帰るやんね。それでどうするの?あんたは午後からどうするの?午後まで仕事やるでしょう。で、どうやって帰ってくるの?」YO:「天候次第」

 

 直前の談話の流れからすれば実習先への行き帰りについて話していることは母親には自明だが、息子は母親の前提が理解できず、母親の発話を復唱する。これは母親に明確化を促す役割を果たす。しかし母親が実習に関連した話であることを述べても息子はまだ前提に気づかない。母親が最初の質問の前提を詳しく述べることで息子は理解に達する。